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大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)607号 判決 1967年7月18日

控訴人(被申請人) 日本通運株式会社

被控訴人(申請人) 山田勝重

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の申請を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

主文第一、二項と同旨および「申請費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求める。

二  被控訴人

「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求める。

第二主張および疎明

一  当事者双方の主張および疎明関係は、つぎのとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人の主張

(一)  本件発生当時は、現在の如き右折禁止をまだ実施しておらず、そのような交通規制を行なわなければならないほどA線は混雑していなかつた。したがつて、A線の混雑回避のためB線を経由しなければならない事態はほとんど例を見なかつた。またB線は、A線に比し道路の幅員ははるかに狭小で、被控訴人の乗車していた大型トラツクの運転には危険と支障の多い道路であり、しかもそれは地下道のトンネルのため、大型トラツクの通過不能の、いわば行止り的な通路であつた。

(二)  本件発生当時のD線は、現在の状況とは全く異なり道路工事施工中でトラツクの運転には困難を極めた悪路であつたのに反し、C線は、舗装も完成し幅員も大型トラツクの運転に適していたため、少なくとも控訴人のトラツクはほとんどすべてC線を利用していた。D線沿線に本件発生当時すでにガソリンスタンドが設置されていた事実はあるが、その経営者は、関西砿油株式会社であつて、控訴人の施設であつたことはない。元来控訴人の自動車燃料を補給する設備は、中津車庫構内に従前より設置(宮内油業株式会社が出張給油)されてあり、出庫の際には必要量を充填していたので、入庫の際には迂回して同ガソリンスタンドで補給している間に帰着できたから、本件発生当時前記D線沿線のガソリンスタンドで燃料を補給せしめる必要はなかつた。また当時控訴人の運転手も同所で控訴人のためにガソリンを補給した事実はなかつた。

(三)  被控訴人は、迂回行為を計画的に、しかも控訴人に発覚するまで控訴人が知り得た範囲内だけでも約一年余の長期にわたり、意思を継続して行ない、その間控訴人に秘匿することに成功していたのであり、控訴人が五月七日に至り五月八日をもつて下車を命じ同時に休職を発令するまで、被控訴人は行為を継続していたのである。控訴人が被控訴人の行為に気付きながら、なんらの処置をとらず放置していたとか、重大な過失により気付かなかつたという事情でもあれば格別、控訴人がこれに気付かなかつたのは運転手という特殊の労務形態によるもので、就業中の被控訴人の行動についてはその個人的良心に信頼するのほかはなく、一般の限局された職場の労務管理と同一に論じることはできない。また被控訴人の行為が偶発的行為であるならば警告によつて管理上の目的を達成するに足りる場合もなしとしないであろうが、本件のように長期にわたり計画的かつ継続的になされた行為については警告はほとんど無意味に近いのみならず、職場秩序維持の見地からは、このような重大な違反行為を看過しがたいことは、同種の多数労務者を雇用する立場を考えれば、おのずから首肯できることである。

(四)  被控訴人の迂回行為が助手に迷惑をかける程度のものであつたことは、一年間に九名の助手が被控訴人との同乗を忌避したことにより明らかである。

(五)  控訴人が被控訴人の迂回行為によつて物質的損失を被むつたことは、被控訴人が大型トラツクを運転して迂回したことから経験則上推認できることである。

(六)  懲戒委員会で論議の対象となつている者を就労させたとて到底正常な労務の提供を期待できないのであるから、休職処分に付する必要がある。本件休職処分もこのような実務上の事情を前提として規定されていることを看過すべきではない。また本件休職が労働協約に基づき有効適法に発令されたことは、右労働協約の一方の当事者たる労働組合においてなんら異議がなかつたことに徴し明らかであるが、一旦有効に発生した休職の効力が後日なんらかの理由により将来に向つて効力を失う場合はありえても、発令の時まで三ケ年も遡及して最初から効力を発生しないことを意味する「無効」となるはずはない。本件処理の過程において懲戒委員会の結論を見出すまで控訴人の意に反し被控訴人の所属する労働組合の内部的意見の調整に日時を要し休職期間が長引くに至つたが、これは控訴人としてはいかんともなしえざる事態であるとともに、その間の給与問題の処理は労働協約の定めるとおり行なつたものである。原判決当時すでに休職期間は経過していたのであつて、休職期間中の仮処分によつて救済を受けなければならないという必要性は、かりにあつたとしても過去の事実となり(理論上損害賠償問題の介在する余地はあるにしても)現実的には存在していなかつたというべきである。労働基準法によれば、使用者の都合による休業命令であつても平均賃金の六割を支払えば足りるのである。いわんや本件においては被控訴人の責に帰すべき事由が原因となつているのであるから、賃金全額を支払うべき理由はないというべきである。

(七)  被控訴人の行為が労働協約上の懲戒条項に該当することは当事者たる組合も認めるところであるのみならず、社会通念に照らしても、行為の態様はもちろんその行為に対する被控訴人の反省の少しもない点において常識をもつては到底律しえないことを勘案すれば、情状としても企業外に排除するのほかはないというべきである。したがつて、控訴人が被控訴人を通常解職にしたことは十分な理由がある。

三  疎明関係<省略>

理由

一、控訴人は、本件仮処分申請中休職の無効を前提とする部分を却下すべきである旨主張する。しかし、被控訴人は、休職期間中の賃金支払請求権の存在ならびに右賃金の仮払を求める必要がある旨主張しているのであるから、被控訴人が現在休職状態におかれていないといつても仮処分命令を申請する利益がないということはできない。控訴人の右主張は採用できない。

二、控訴人の原判決(二)の主張について判断する。被控訴人が控訴人主張のように申請を変更したことは本件記録により明らかであるが、休職から解職まで発展した被控訴人、控訴人間の紛争関係は同一性があり、申請の基礎に変更がないうえ、申請の追加が著しく審理を遅滞させるものとも認められないから、右申請の変更を許すべきである。

三、被控訴人主張原判決一の事実は、当事者間に争いがない。

四、そこで、被控訴人に懲戒事由があつたか否かにつき判断する。

被控訴人が控訴会社の貨物自動車の運転手として、昭和三五年四月から控訴会社の三国集荷所(大阪市東淀川区三国本町所在)に、同年六月以降控訴会社の船場荷扱所(同市東区南久太郎町四丁目二八番地所在原判決別紙図面赤三角点)に所属し、控訴会社の中津車庫(同市大淀区中津南通二丁目所在、原判決別紙図面赤四角点)に格納されている貨物自動車に乗務して控訴人主張のような集荷作業、駅出作業に従事していたことは、当事者間に争いがない。

そして、いずれも成立に争いのない甲第五号証、乙第六号証、乙第一二号証の一ないし一六、原本の存在および成立に争いのない乙第九号証、原審証人碓氷貴の証言により成立を認める甲第三号証の二、三、当審証人生越弘行の証言により成立を認める乙第一〇号証、原審証人浜田富男(一部)、同碓氷貴、同牧野忠治(一部)、原審および当審証人奥上三郎、当審証人三好日登臣、同加地正巳、同川西種一の各証言、原審および当審における被控訴人本人の供述(一部)を総合すると、つぎの事実が認められる。

控訴会社大阪支店においては、貨物自動車の運行の安全および効率等を勘案し、車庫から荷扱所への出向と駅出作業の場合における自動車の運行経路を指定し、従業員に貨物自動車の運転手として乗車勤務を命じる場合には、これに先立ち数ケ月間は優秀な運転手の車に陪乗させ、その運行経路を指示習得せしめていた。被控訴人も同じ方法により控訴人主張のような場合には、その主張のようなA線、C線等の指定経路を運行すべき旨指示されていたが、被控訴人は、当時購読していたアカハタを受取るため、右三国集荷所に配属期間中梅田貨物駅から中津車庫に帰る際夕方週一回指定経路でないB線を運行し、その沿道にある国民救援会事務所(関西労音倶楽部と同じ場所)に寸時立寄り、また船場荷扱所に配属後も同三六年三月二三日までは中津車庫から梅田貨物駅に出向の際あるいは帰庫の際などに午前中週二、三回右と同じ経路を運行して同事務所に寸時立寄り、他方右受取つたアカハタを浜田富男宅に配布するため、同年一月から同年三月二三日までの間帰庫に際し、夕方週三回位指定経路でないD線を運行しその沿道にある同人宅に寸時立寄り、同年三月二四日から同月二九日まで毎日、同月三一日、同年四月の一日、三日、四日、五日、七日、八日、一〇日、一一日、一三日、一七日、一八日、二一日、二二日、二四日から二八日まで毎日、同年五月二日、三日、六日の各日に助手加地正巳と同乗の間梅田貨物駅から帰庫の際午前中アカハタを受取るため経路外を運行して前記事務所に寸時立寄り、夕方アカハタを配布するためD線を運行し寸時浜田富男宅に立寄つていた。ところが、同年三月二九日ごろ、当時被控訴人と同乗していた助手加地正巳が同支店車輛課配車係長牧野忠治に対し、他の運転手と組替えてもらいたい旨申出たことから、控訴人は、被控訴人の前記二ケ所への立寄りの事実を知り、ただちに従前被控訴人と同乗したことのある数名の助手について右立寄りの状況を聴取し、田中雅夫助手からは昭和三五年四月一五日から同年六月一五日までの間毎週土曜日の夕方約一〇分間前記牛丸町に立寄つていた旨、鷹木正男助手からは同年同月一六日から同年八月一五日までの間大体数日おきに同所に立寄つていた旨、加地助手からは同三六年三月二四日以降ほとんど連日午前午後の二回前記二ケ所に立寄つていた旨の各証言を得、なお被控訴人からも昼食後に車輛整備等のため中津車庫に帰庫の途次、アカハタ購入のため牛丸町に立寄つていた旨の顛末書の提出を受けた。そこで、控訴人は、これらの証拠により被控訴人が昭和三五年四月以降約一年間にわたりおよそ連日午前と午後の二回乗車勤務中私用のため指定経路外を運行して前記二ケ所に立寄つていた事実があると認定し、被控訴人を懲戒処分にする必要があると判断し、被控訴人を懲戒委員会の審査に付するに至つた。

以上の事実が認められ、前掲甲第三号証の三、甲第五号証、乙第九号証、原審証人牧野忠治、同浜田富男の各証言、原審および当審における被控訴人本人の供述中右認定に反する部分は採用しない。

被控訴人は、被控訴人の右行為は職場慣行として許されていると主張するが、右事実を認めるに足りる疎明はない。被控訴人は、運転手は正規の休憩時間(一二時から一時間)に休憩することができない実状にあるので、自己の判断により適宜の時間に休憩することは職場慣行として許されていたものであり、右の立寄りは休憩時間の一部を利用したものであると主張するが、原審証人碓氷貴、当審証人岸本和久の各証言、原審および当審における被控訴人の供述中右主張にそう部分は、原審証人牧野忠治、当審証人川西種一の各証言に照らし採用しがたく、右牧野、川西の証言によると、運転手が正規の休憩時間外に自己の判断で適宜休憩することは許されていないことが認められるから、右主張も失当である。また、被控訴人は、右立寄りは乗車勤務中の煙草買求めのための駐車類似の行為であると主張するが、さきに認定したように被控訴人の行為は一年余にわたる私用のための継続的な経路外運行であり、正規の運行経路上での煙草買求めや用便のための駐車類似行為とは認められないから右主張も失当である。

被控訴人は、右B線、D線を運行する合理的理由があると主張する。しかし、前掲乙第六号証、当審証人三好日登臣、同川西種一、原審証人牧野忠治の各証言によると、A線とB線は、距離においては変りはないが、B線は、A線に比し道路の幅員が狭く、大型トラツクの運行に不便であり、D線は、C線に比べ距離が長く、当時の道路事情から控訴会社の車は、ほとんど通行していない状況にあつたことが認められ、原審および当審における被控訴人本人の供述中これに反する部分は採用しない。その他に当時被控訴人主張のように控訴人の指定経路を通らず、B線、D線を運行するにつき合理的事由があることを疎明するに足りる資料はない。

原審証人牧野忠治、当審証人加地正巳の各証言によると、加地正巳から牧野忠治に対し、被控訴人の右アカハタ受取りのための運行により他の車より歩合が少くなり収入に影響するので車を降してくれと申出たこと、被控訴人の車に同乗した助手の中田、高橋も被控訴人との同乗をいやがつていたことが認められるから、被控訴人の右行為が助手に迷惑をかけるものであつたことが推認される。なお控訴人は、被控訴人の車に同乗した助手が一年間に九名も替わつており、これは、被控訴人の右行為のため助手が一緒に仕事をするのを忌避したものであると主張する。しかし、前掲乙第一〇号証、当審証人生越弘行の証言によると、右主張のような助手の交代は認められるが、加地、中田、高橋以外の助手が全部被控訴人と一緒に仕事をすることを忌避したことを認めるに足りる疎明はない。

そして、被控訴人が右行為について控訴人から特別に注意を受けたことの疎明はないが、原審証人牧野忠治の証言、原審および当審における被控訴人本人の供述を総合すると、昭和三六年三月二九日ごろ加地助手が、牧野係長に対し前記乗組変更を希望する理由として、被控訴人が荷物の積卸しの際などに助手に非協力的であり、また前記二ケ所へ立寄る旨指摘して能率があがらず賃金に影響すると訴えたので、牧野係長は、数日後被控訴人に対し助手の取扱いについて注意をしたが、その際立寄りの点についても加地からの申出の内容の一部として伝えたこと、そのころ被控訴人は、牧野係長より右申出のあつたことをきいた藤井執行委員から経路外運行が問題になつていることをきいていたことが認められる。しかるに、被控訴人は前示認定のようにその後も休職になるころまで右経路外運行をやめず継続していたものである。

以上の事実によれば、被控訴人の行為は、就業規則第八四条第三号の「職務上の指示命令に不当に反抗し、事業場の秩序をみだした」ものといわなければならない。

つぎに、被控訴人の行為が同条第八号の「業務に関し会社をあざむく等、故意または重大な過失により会社に損害を与えたとき」に該当するか否かにつき判断する。前掲乙第五号証によると、同条補則に「本条第八号は、主として業務上の不正事故、たとえば背任横領をいう。」旨規定されている。被控訴人のB線D線の運行は、なるほど一面私用を目的としたものであるから、自己の利益を図つたことは否定できないが、同時に控訴会社のための乗車勤務として梅田貨物駅と中津車庫間の運行の一面を有することも否定できないから、右運行をもつて横領行為と断定することはできない。しかし、右運行により控訴会社が損害を被つた場合には、単に指定経路運行の指示に従わなかつたという職場規律違背にとどまらず、背任行為としての評価を受け、同号に該当する行為と認めるのを妨げないところ、D線が指定経路であるC線に比し迂回経路であることは、前掲乙第六号証により明らかであるから、右運行により被控訴人は控訴人に対し燃料の点で損害を与えたことが推認される(もつとも、当審証人川西種一の証言によると、被控訴人の車のガソリン消費量が問題になつたことはないことが認められるので、その損害は少いものと推認される。)。してみると、被控訴人の行為は、右第八号に該当するものというべきである。

つぎに、同条第九号の「前条各号の一(第八三条第三号許可なしに会社の物品を持出し、または持出そうとしたとき)に該当し、その情状が重いとき」に該当するか否かにつき判断する。右「物品の持出し」とは、会社の占有している、あるいは従業員が会社のため保管している会社の物品につき一時的にせよ会社の支配を排除することを指すものと解されるところ、被控訴人の右行為は、私用のためわずかの廻り道をしたにすぎず、その間控訴会社の自動車に対する支配を一時的にせよ排除したものということはできないので、右条項には該当しないものと解する。

五、被控訴人は、労働協約第四七条柱書の但書を適用しなかつたのは違法であると主張する。成立に争いのない甲第二号証により明らかなように、労働協約第四七条によると、「会社は、組合員が懲戒委員会の審査に付されたときは、休職を命ずる。たゞし、情状により休職を命じないことがある。」となつているが、第五〇条第一項には、「会社は、休職期間中の賃金を支払わない。ただし、第四七条第六号および第七号の規定によつて休職を命ぜられた組合員に対しては、基準内賃金相当額の全部または一部を補償することがある。」と規定され、同第四九条第一項には、「休職期間は、勤続期間に算入しない。ただし、中略、第四七条第七号による事件が懲戒の必要なしと決定されたときの休職期間は、勤続期間に算入する。」と規定されている。したがつて、休職処分は、従業員にとつて著しい不利益処分であるから、労働協約第四七条柱書の但書を適用するか否かは、従業員を懲戒委員会の審査に付した事由、情状等諸般の事情を慎重に考慮して決定すべきであり、休職を命じないのが客観的にみて相当であると認められるのに、但書を適用しない場合には、違法であると解すべきである。しかしながら、本件につきこれをみるに、前示認定のように、被控訴人は、控訴人所有のトラツクを使用し、控訴人の指示命令に違反し、一年間にわたり私用のため指定経路外の運行を継続し、しかも右事件が問題化し、日通労働組合大阪地区梅田分会の藤井執行委員から右経路外運行が問題になつていることをきかされてから後も、本件休職処分になるまで右経路外運行をやめず継続していたのであり、助手にも迷惑をかけるものであるから、その行為は、重大な就業規則違反であり、その情状も重いものと認めるのを相当とする。しかも、控訴人のように、全国的にその営業所を有し多数の従業員を雇傭し多数の貨物自動車等を使用して運送業を営んでいる会社(この点は、顕著な事実である。)にあつては、その運営する貨物自動車の運行の安全および効率的運行を計るため、合理的でしかも安全、経済的な運行路線を定め、特段の事情のない限り従業員をしてこれを遵守せしめることは、当然であつて、それが会社にとつても、従業員にとつても利益となることは、いうまでもない。もし、従業員が、会社がその経験と道路や交通事情を勘案して定めこれを指示した運行経路や路線を正当な事由なく運行せず、私用のために長期間にわたり継続的に右指示に違背し、しかも右違背の事実発覚後も依然として右行為を敢行している場合に、会社がその従業員に対し、懲戒委員会の審査に付するとともに、休職を命じ、その職場から一時排除することは、客観的にみて相当であり、また職場規律を維持するためにも必要かつ、やむを得ないものと解するのを相当とする。以上の次第で、控訴人が被控訴人に対し、労働協約第四七条柱書の但書を適用せずに休職を命じたことには、正当な事由があると認められるから、被控訴人の主張は、採用できない。

六、被控訴人は、休職中の賃金を支払わない旨の労働協約第五〇条は、労働基準法第二六条に違反し無効であると主張する。しかし、労働基準法第二六条は、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合に、使用者は、休業中当該労働者に休業手当を支払わなければならない旨規定するのみであるから、休職中の労働者に適用すべき規定ではない。右労働協約第五〇条は、休職者に休職中の賃金を支払うか否かに関するものであり、休職を命ぜられる場合は、当該労働者の責に帰すべき事由ある場合であるから、使用者の責に帰すべき事由による休業の際の賃金支払義務に関する労働基準法第二六条に違反することはない。本件につきみるに、被控訴人が休職を命ぜられたのは、自分の指定経路外運行につき、懲戒委員会の審査が開始されたためであつて、その行為の態様、期間、助手に与える影響等既に認定した諸般の事情を考えると、控訴人が休職により被控訴人の就労を拒絶するにつき、正当な理由があるものと認められるから、休職は被控訴人の責に帰すべき事由によるものであり、控訴人が賃金を支払わないことは、労働基準法第二六条に違反しない。

七、被控訴人は、懲戒委員会の審査が長引いたのは控訴人の責任であり、本件休職には、労働協約第五〇条第一項但書が当然適用されるべきであると主張する。しかし、原審証人奥上三郎の証言により成立を認める乙第一号証の一、二に右証言を総合すると、つぎの事実が認められる。

被控訴人に対する懲戒委員会は、昭和三六年五月一六日を第一回として第二回同年七月一一日、第三回同年八月二三日、第四回同年九月二日、第五回同年九月三〇日、第六回同年一〇月一一日に開催して審査を行なつたが、会社側委員は、労働協約第六六条(就業規則第八四条)に該当し懲戒解雇相当との見解に対し、組合側委員は、労働協約第六五条(就業規則第八三条)に該当し左僊以下相当の見解を主張して譲らず、意見は同数に分れた。そのあと同年一二月七日労組大阪支部は、労組内部事情を理由に会社に対して支店長への答申留保を申入れ、会社はこれを諒承、昭和三七年五月八日その留保撤回までの期間およそ六ケ月委員会は審査を停止したが、同日第七回を開催、いよいよ最終的な結論を出すべく五月三〇日第八回を開催、ここで基本的な意見の一致を見たが、情状の部分ならびに本文の字句表現の上で意見が異なり六月五日第九回の委員会においてつぎのとおり委員全員が確認するに至つたとして「被控訴人の行為は、労働協約第六六条(就業規則第八四条)に抵触する。会社側委員は、懲戒解雇処分相当と判断し、組合側委員は、情状を酌量して謹慎または左僊処分が妥当であると判断する。」旨の答申が出された。

以上のとおり認められ、これに反する疎明はない。右事実によれば、懲戒委員会が長引いたことは、控訴人の責任であるということはできない。そして、労働協約によれば、懲戒委員会の審査に基づく休職の期間は、その事件が懲戒委員会に係属する期間とする(甲第二号証、労働協約第四八条)のであるから、控訴人が本件休職期間中の賃金を支払わないことが違法になるものではない。また本件において事案そのものが特に労働協約第五〇条第一項但書を適用すべきであるという被控訴人の主張の採用しがたいことは、既に述べたところにより明らかである。

八、被控訴人は、本件解雇は就業規則第八四条第三号、第八号の要件を欠くと主張するが、被控訴人の行為が右各号に該当することはさきに認定したとおりである。被控訴人は、就業規則第八四条柱書の但書を適用しなかつたのは違法であると主張する。しかし、被控訴人の行為の期間、回数、継続反覆性、助手に対する影響など既に認定した諸般の事情を総合して考えると、解職もやむをえないものと認められるから、控訴人が本人の将来を考慮して就業規則第七〇条第一〇号を適用して通常解職にしたのは違法ではないというべきである。

九、被控訴人は、本件解職は憲法第一四条労働基準法第三条に違反すると主張するが、控訴人が被控訴人の政治的信条を理由として差別的取扱をしたことおよびこれを理由に本件解職をしたことを認めるに足りる疎明はない。よつて右主張も採用できない。

一〇、そうすると、本件休職ならびに解職を無効とする理由は認められないから、これを前提とする被控訴人の本件仮処分申請は、被保全権利の存在の疎明がないことになり、保証をもつて疎明に代えることも妥当ではないから、その余の点について判断するまでもなく、本件仮処分の申請を却下すべきである。

よつて、これと異なる原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡野幸之助 宮本勝美 神保修蔵)

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